競技規則に忠実に
公開日: 2025年12月15日
初めまして。
からかさです。
今回は、私が「サッカー競技規則道場」の問題を作成する中で感じたことを、ひとつのテーマとして書いてみます。
テーマは、
「競技規則に忠実に」 です。
私たちサッカー審判員は、「競技規則が絶対」であることを重々承知しているかと思います。
実際、競技規則にも次のように書かれています。
決定は、主審が競技規則および「サッカー競技の精神」に従って、その能力の最大を尽くして下し、適切な処置をとるために競技規則の枠組の範囲で与えられた裁量権を有する主審の見解に基づくものである。(第5条)
今回は、この言葉を改めて自分自身に向けて考え直した、という話になります。
作問をしていて、ふと自分のレフェリングを振り返った
私は普段、サッカー競技規則道場の問題を作る際、競技規則を何度も読み返しています。
その中で、よく自分のレフェリングを振り返る瞬間があります。
最近ハッとさせられたのが、第12条に出てくる「不用意」と「無謀」の違いです。
この文章を改めて読んだとき、正直ドキッとしました。
本当に、この記載の内容に沿って判定しているか?
ここで、皆さんも改めて考えてみてほしいです。
試合中、この競技規則の文言に沿って判定していますか?
なんとなくの感覚や雰囲気で警告かどうかを決めていませんか?
もちろん、審判員にとって「感覚」が大切なのは間違いありません。
ただし、それはあくまで競技規則に則って判定することが基礎にある上でのものだと思います。
感覚だけでも、試合は「回ってしまう」
例えば、主審の判定の流れがこんな以下のような場合
- ファウルが発生
- なんとなく強く接触していて警告っぽいと感じてイエローカードを提示
正直、これでも試合は大きく破綻しないことが多いです。
主審の感覚が極端にズレていなければ、試合自体は問題なく進むでしょう。
しかし、本来あるべき判定のプロセスは、以下の内容だと思います。
- ファウルが発生
- 接触部位、スピード、強さ、チャレンジまでの流れなどを整理
- 整理した情報をもとに「不用意」「無謀」「過剰な力」のどれに該当するか判断
- どのような点が無謀であるかを説明できる状態で警告を提示
結果は一緒でも、後者は競技規則に則って判定していること、これがすごく大事だと感じています。
観戦で積み上がる危うい”感覚”
最近はDAZNなどで試合を見る機会も増え、さまざまな判定シーンに触れられます。
YouTubeを始めとしたSNSでは、毎週のようにシーンの切り取りが出回り、様々な判定や意見を目にすることができます。
レッド/イエローカードが出る場面、ノーカードとした場面など、観戦によっても経験値は確かに積みやすくなっています。
私自身も、週末に多くの試合を観る中で、
「このくらいならカードいらないかな」という、
漠然としたラインが無意識にできてしまっていました。
ただ、その感覚をそのまま自分の試合に持ち込んでしまうのは、少し危険だということに改めて気付かされました。
「感覚で吹いてないか?」という危機感
本来であれば、
「○○という点で無謀ではなく不用意と判断したのでノーカード」
「○○という点が相手競技者にとって危険になっており、無謀であると判断したので警告」
という理由付きの判定があるべきです。
それなのに、
「DAZNでよく見る感じだから」
「なんとなくカードいらなさそう」
そんな判断を無意識のうちにしてしまっていないか、自分自身にヒヤリとしました。
判定の裏には、明確とした判定理由を常に持つべきなのです。
そのようなことを、競技規則を読んでいたときに気づくことができました。
(最後に)
感覚は必要。
でも、それが先行してはいけない
長くなりましたが、
審判員として試合をうまくコントロールするには、感覚(サッカー感/観)が必要なのは間違いありません。
ただし、 感覚ありきの判定になってしまわないように。
競技規則に則って判定の理由を明確に持つこと。
それを忘れないための、自分への戒めとして、今回このテーマを書きました。
学習をもっと深めたい方へ
👉 サッカー競技規則道場
では、競技規則を効率的に学べるWebアプリを提供しています。
4択問題や穴埋め問題で実力をチェックしながら、競技規則理解の向上に役立ててください!